
開発途上国に対する外国からの資金フローは、かつてODAが中心的役割を担っていた。
「20年ほど前までは途上国への資金フローの額は、ODAと民間企業では7対3くらいの比率だった。しかし、いまは逆転し、7割を民間資金が占めている。民間資金を活用しないと、途上国の開発もやっていけない時代だ」
JICA(国際協力機構)の民間連携室審議役・小澤勝彦氏はそう話す。
民間連携室は昨年10月、JICAとJBIC(旧国際協力銀行)のODA部門が統合したのと同時に、開発協力に不可欠である民間企業との連携を強化するべく創設された。経団連と外務省や財務省、経産省、JICA、JBICが連携し、立ち上げた施策「成長加速化のための官民パートナーシップ」を受けての発足だ。
官民連携相談窓口を省庁やJICAに設置することで、民間企業からのODAに関する官民連携の方策提案を受入れ、採択したり、或は官民連携促進のための定期的な対話を行ったりすることを通じ、民間企業との連携をさらに強化していこうとするものだ。
民間企業の開発への関与が増大しているのは、世界的な潮流といえる。その背景として企業がNGOと組んでビジネスを展開しつつ、貧困削減に寄与し、またCSR活動によって、人材育成や保健医療を支援するといった試みが増えたこともあるだろう。
日本においてはどうか。途上国の開発支援活動にあたり、民間企業の存在感は一部の企業を除いてまだまだ低調である。一方、過去10年でODAが40%減になったという事実は大きい。さらにODAそのものへの熱が冷めてきている。
「10年以上前から日本の企業は、『ODAは儲からない』という認識になっている。日本企業に受注先を限定したタイド援助の割合が減少し、かつその利幅が減少したこと、また、アンタイド案件についても、中国や韓国、インドといった競合企業の台頭で、日本の商社やゼネコンが受注を容易に取れなくなったことなどが原因だ。」
そこで官側としては、企業と対等なパートナーシップを構築しつつ、近年盛んになっているCSRやBOPビジネスへの関心をフックに、民間企業に蓄積されているノウハウや情報をODAに活用させたい構えだ。
JICAの企業連携に向けた方策は6つだ。
1. 間投資を呼び込むインフラ整備
2. 法・制度整備
3. PPP(Public Private Partnership)事業の支援
4. 人材育成
5. 支援モデルの拡大発展
6. 企業のCSR活動やBOPとの連携
1は、電力や道路、港湾などのインフラを整備することにより、民間企業が活動を行うための環境を整え、民間投資を呼び込むためのものである。
2は、相手国の法制度の整備や関連する人材育成を支援することで、企業活動を行うに際しての法的な不透明性や手続きの煩雑さなどを解消し、企業が活動しやすい環境をつくるというものだ。
3は、官民が共同して公共サービスを提供する事業化を支援するものである。。「イギリスやフランスは国内の水道事業の多くを民間が行い、かつ世界中に進出している。そういう事業を日本企業が海外で行う上で、ODAがサポートする」と小澤氏は説明する。
4は、JICAと企業が連携し、途上国のおける産業セクターの人材能力開発を行うものである。JICAは以前より、タイやベトナムにおける金型技術の人材育成などの支援を行ってきており、こうした活動を継続していくものである。
5は、JICAの形成し実施したプロジェクトを、企業につなげる施策である。例えばベトナムにおいて、JICAが植林のプロジェクトを行っていたが、事業継続のため、ホンダが約2500万円の資金をCSR活動として提供したという例がある。
小澤氏によれば、6がいちばん議論の対象だという。たとえば、アメリカのUSAID(国際開発庁)は、01年からグローバル・デベロップメント・アライアンスという制度をつくり、コカ・コーラと共に出資し、アフリカで地下水開発の事業を展開するなど、同様のプロジェクトを過去7年間で約700件行ったという。
「驚くようなスキームではないにせよ、翻ってJICAがコカ・コーラと資金を出し合って開発事業をできるかといえば、そういう共同事業は行えない。」
JICAが以前有していた、民間企業の途上国における活動を資金面で支援する海外投融資制度は01年、廃止されたため、企業のCSR活動等を支援するような融資は行えないのが現状である。
加えて、6の施策が論議の対象になっているのは、日本企業におけるCSRの概念が曖昧で、混乱していることも関係している。
少なくとも欧米では、コンプライアンスや企業が美術館に寄付を行ったり、慈善活動で地域住民に利益を還元したりすることは、本質的なCSRと目されていない。小澤氏は日本と欧米の認識の差は大きいという。
「米国のあるスポーツ用品メーカーの東南アジアの工場で、児童労働が行われていたことにより不買運動が起こった。その批判を受け、メーカーは資材調達から消費者に届けるまでのすべての段階を監視するようになった。こういうものがCSRと呼べるだろう。積極的に経済・社会・環境に渡る企業責任を考えており、不況だから派遣労働者を切るというような企業体質は論外だ」
金融危機によりCSRの理解も深まっていない中、企業のCSR活動は低調になりつつある。
「日本の優良企業でも“CSRはやっている場合じゃない”という声を聞く」
官民連携のキーとなると思えたCSRへの取り組みも不況から低調となる中、民間連携室が発足して早々の逆風ともいえるが、これまで相談された案件は100件程度で、まずまずの手応えだという。
中には、ゴミ処理装置や浄水装置など、途上国の貧困地域に活用できる機器の普及をODAで活用できないかといった相談があったという。
「初期段階は無料で配ってもいい」といった提案も企業からあるというが、最終的に営利事業を目指している場合、社会貢献と呼べるかどうか判別が難しい。公平性と透明性を担保するために「特定の企業と組むことへの対応の是非を勉強中だ」という。
さらにJICAと関係のある企業を招き、BOPビジネスの取り込みについての勉強会を開くなど社会貢献の概念の深まりと普及を目指している。
社会性の高い民間企業の活動をODAが支援したプロジェクトとして例を挙げるならば、ガーナのシアバター製造支援である。シアバターは、天然由来の保湿成分を含むことから化粧品に配合されるなど、注目を集めている。
JICAはガーナのNGOにシアの実を砕く機械を提供するなど、事業に必要な物資をサポートした。またJETRO(日本貿易振興機構)の協力を得て、日本の企業が輸入販売している。
今後の課題は官民連携にあたってのスキームの構築だ。ある企業がインドネシアにおいて、浄水器の普及をUNDP(国連開発計画)の「持続可能なビジネス育成プログラム」で実施している。小澤氏は「JICAも同様の試みができないかと思っている」という。
問題は、インドネシア政府がこのプログラムの実施を日本政府に要請し、JICAが要請案件の中から採択したとしても、提案企業がその事業を落札できるかどうかわからないことだ。
「企業のほうに、なかなかいいアイデアがあっても、現況は、ただちにJICAと組むことができない構造だ。一社支援を公的機関が行うのは難しい面がある。ODAは相手国に直接支援することしかできないので、やはり海外投融資というせっかく持っていた制度を復活させたい」
当面は持てるスキームを使うほかない。小澤氏は途上国に貢献する企業との連携と信頼を培うため、自ら企業へ足を運んでもいる。
JICAの新たな取り組みは、企業にとっても途上国でのビジネスが経済成長と貧困削減につながるチャンスであり、可能性ある試みではないだろうか。JPN