近年の日本経済の低迷を受け、減少の一途を辿る日本のODAは、国連のミレニアム開発目標(MDG)の掲げる貧困削減をキーワードとする近年の国際的な援助潮流の中で、日本らしい開発援助のあり方を模索し続けている。戦後50年以上続いてきた日本のODAと開発業界の変遷を40年近くに渡って見続けてきたのが、日本国際協力システム(以下JICS)専務理事の櫻田幸久氏だ。日本のODAと開発業界はどのように進化し、これからどこに行くべきなのか。ご自身の経歴、及び日本の開発援助の歴史と今後について、櫻田氏に尋ねた。
− 40年近くを開発業界で過ごしてきたとお聞きしました。
私が現在のJICAの前身となる海外技術協力団(OTCA)に入った1970年当初は、国際協力やODAという概念が社会にはまだ定着していなかった時代であり、海外を身近に感じる機会があまりなかった。だが、少年期から海外の探検記や冒険物語に慣れ親しんでいたことで、途上国への漠然とした憧れがあり、途上国開発の道を選んだ。OTCAに新卒で入ってからの34年間をJICAに勤め、その後JICAとも協力関係にあり、日本のODAの資機材、施設の調達機関であるJICSへ移り現在に至る。
− 開発調査を中心に職務に従事されていたということですが、櫻田さんにとっての開発調査の醍醐味とは?
開発調査には計13年間携わった。当時の開発調査は主に途上国のインフラ関係の開発計画の立案を行っており、調査団の他のメンバーと開発計画の青写真を描き、その構想を実現する計画論を議論することに大きなやりがいを感じた。また、自分の知らない分野の案件に出会うたびに、多くの新しいことを学び、世の中の見方が変わったことはとても貴重な経験だ。特に開発援助の面白みは、自分が手がけたものが目に見えた形で出てくることだ。例えば、70年代後半に係わりを持ったインドネシアのビリビリダムの建設はとても感慨深い。このプロジェクトは治水計画調査から始まり、その他の付随した上水道やかんがい施設建設などの関連プロジェクトが進行し、後に円借款が付き、最終的には2007年に全ての業務が完了した。ダムなどの大型案件は完成までに20−30年掛かることも多く、この案件のように自分が携わったものには特別な愛着を持つ。
− OTCAから1974年のJICA設立を経験し、40 年間に渡って日本のODAの創世記を見てきたわけですが、当時と比較して開発援助の潮流はどのように推移したとお考えですか?
長期に渡る日本のアジアでのインフラ整備などの取り組みにより、現地の状況は大きく改善した。それに伴い求められるODAがインフラ整備から貧困対策や衛生改善制度設備などのソフトな支援へ移行してきたことが大きな変化であり、長年の日本の取り組みが功を成してきたと言える。だが、アフリカなどその他の地域では、未だインフラの整備が何より重要であり、ハードとソフトの援助のバランスを保って支援していく必要がある。そして、日本の得意分野であるインフラの重要性を再認識することにより、日本の持ち味を最大限に生かした支援を行うことが出来ると考える。同時に、現在の厳しいODA財政の中で、資金を投入するポイントと削減するポイントをきちんと考慮し、援助全体のニーズのバランスを取りながら、事業を進めていくことは重要だ。
− この40年間に、開発業務に携わる人材の資質も変わったと思いますか?
私が国際開発援助の世界に飛び込んだ当時は開発経済論などを教えている大学などはなく、全て独学で学んだものだったが、現在は開発学という学問がアカデミックな世界で定着してきており、多くの学生や社会人が国際開発の知識や外国語の能力においては、高いレベルを持っていると思う。だが当時と比べると、今日の人々は実体験を欠いた理論中心のアプローチに偏りがちで、問題の本質を見極める力が弱くなってきているとも感じる。
− それでは、開発業界を目指す人々に求められる資質とは何でしょうか。
開発業務には実体験に基づいた経験を身に付けることが必須であるため、若い人にはどんどん現場に出てもらい、経験を積んでもらいたいと思う。また、開発分野問わず、何かひとつのことを突き詰めてやり抜く力を身に付け、心身ともにバランスの取れた人材になることが重要である。同時に、開発学などを教える大学や業界全体で、開発分野で職を得ることは容易ではないという実情を外部によく伝えて欲しいと思う。開発業務に興味を持つ人々が年々増加しているのにもかかわらず、近年のODA額の減少などもあり、全体の人材募集の数は増えていない。こうした厳しい現実の中で、必ずしも開発業界を志す人全てが職を即座に得れるわけではなく、相応の計画と準備が必須との認識を持つことは自分自身のキャリア形成において重要である。
− JICSでは、どのような人材を求めているのでしょうか。
JICSは主に相手国政府の代理となって調達業務を行う組織だ。相手国政府のみならず国内の関係機関も含め、案件に関わる全てのステークホルダーと粘り強い交渉を行っていくコミュニケーション・スキルは必須である。また、JICSではなかなか我が国の援助関係者も入っていかないような現場に赴くことも多く、そのための肉体的、精神的なタフさとバランス感覚を持つことが重要である。 JICSは、以前は機材や資材などの物資の調達が専門だったが、2000年頃から施設建設ものが増えてきており、土木や建築などの専門分野を持つ人材はJICSでその強みが生かせると思う。JICSでは新卒採用の他に年に数回、嘱託として専門家を募集している。最初は嘱託という形態だが、その中から中途採用する可能性もある。
− 変遷し続けるODAの潮流の中でのJICSの任務と今後の事業戦略を教えてください。
JICSは日本のODAの潮流に沿った最善のサービスを提供することが最大の任務であり、その任務遂行のための適切な人材の配置や、透明性を保ちながらも、よりスピーディーで効果的な対応を行うことを目指している。他方、限られたODA予算の中で、組織的な拡大を図ることは難しいのが現実だ。また、JICSは外務省、JICAが実施する開発援助プロジェクトに必要な資機材や施設の調達を相手国政府から請け負う業務が大部分を占めており、これまでは日本の二国間ODAのみの調達機関であったと言える。だが、昨年度からは日本のODA事業だけでなく、国際機関などのその他のセクターとも積極的にパートナーシップを組み、ビジネス・マーケットを拡大していくことを目指している。その一環として、英国の調達代行機関であるクラウンエージェントとのパートナーシップを通じ、米国の援助機関であるミレニアム・チャレンジ公社(Millennium Challenge Corporation)のモンゴル事案における調達代行業務を受託し、その業務を進めているところだ。今後ともJICSの強みを生かし、状況に応じた新たな途上国の現地リソースとの関係強化を図り、事業を拡大していきたいと思っている。JPN