5月2日、ミャンマーに壊滅的な被害をもたらしたサイクロン「ナルギス」発生直後に、現場にいち早く飛び込んだNGO職員がいた。難民を助ける会で、シニア コーディネーターとして活躍する野際紗綾子さんだ。欧米のNGOや国際機関の多くが、ミャンマー国境近くで足止めをされていた中、通年の特別ビザを利用していち早く現場に入り、被害状況と一刻も早い支援の必要性を国外へ訴えた数少ない国際NGO職員の1人だ。
壊滅的な街と甚大な被災者の数に、ただならぬ支援の緊急性を感じた野際さん。圧倒的に不足していた安全な水と食料を一刻も早く届ける必要があるとして、すぐさま物資の調達に取り掛かり、障害者や障害のある子どものいる世帯を周り、500セット(約3000人相当分)の緊急生活物資を届けた。また、継続的な支援を行うための現地事務所の支援体制作りとローカルスタッフの配置を整えた後に、野際さんは日本へ戻り、現在は東京事務所とヤンゴン事務所の連携と事業の指揮を執る。
野際さんの国際協力と社会的弱者支援への思いは、進学した米国の大学で国際関係学を専攻したことから始まる。大学時代から現地のNGOへ所属し、ボランティア活動などを積極的に行ってきたが、国際経済への強い関心から、大学卒業後は米国と日本で民間の金融機関に勤め、企業年金や公的年金運用業務を担当した。金融機関に勤めた5年間を「充実の日々だった」と野際さんは振り返り、貴重な社会人経験と専門知識やスキルを身につけることが出来たと語る。
しかしながら、自身自ら年金業務を担当した経験により、このような福祉分野を金融業界の激動の市場へ任せることへ疑問を感じ始める。事実、世界の政情不安や国レベルの大問題によって株価が上昇・暴落することは、金融業界の一部のトレーダーや金融機関にとって、利益獲得のチャンスと捉えられるような「マネーゲーム」的な性質があると野際さんは言う。もともと学生時代から積極的にボランティアなどに取り組んできた野際さんが、こうした一方的な利益追求型の世界へ違和感を感じ始めたことは、想像に難くない。
野際さんは、「先進国に生まれた私たちは、食べ物にも住む場所にも困らない。その一方で、別の国に生まれたという理由だけで、食べていくことさえままならない人々がいる。その違いは何なのか」と深く考え始めたことが、国際協力への第一歩を切り開いた。
2005年4月、野際さんは心機一転で国際協力業界へ飛び込んだ。転職先に選んだのは30年以上に渡って難民や障害者などの社会的支援を世界中で行っている「難民を助ける会」。国際機関などに憧れる人々も多い中、野際さんがNGOを選んだ理由は、NGOなどの市民社会の可能性を追究したかったからであると言う。NGOだから可能になる現場に根付いた着実な支援、迅速さや柔軟性が、彼女の志す支援のあり方だった。
野際さんは、NGO勤務と同時進行で大学院進学を果たす。昼間はフルタイムでインドネシアの津波復興支援などを担当し、夜と週末は法政大学の国際環境協力修士課程で理論を学んだ。職務と勉学の両立を「実務から一歩引いたところから、国際協力を研究することが出来た素晴らしい機会だった」と野際さんは言う。
国際協力業務は体力勝負でもある。生活環境の厳しい現場で任務を行う体力や長時間勤務、ローカルスタッフをまとめるチームワークと、国際機関や現地政府と粘り強い交渉を行うためのコミュニケーション能力など、幅広い分野で柔軟に対応する姿勢が求められる。野際さんは、こうした難しい業務の中では、前職の金融機関での経験が十分に活きていると語る。外資系企業で海外支店とのやり取りを日常的に行ってきた経験から、現職でラオス、ミャンマー、スリランカなどの海外事務所と連携して事業を行うことにも戸惑いはない。また、支援業務を行う上で必須の会計、財務、資金管理といった財政に関する専門性が、即戦力を求めるNGOでは大いに活かされた形となった。
そんな野際さんに、難民を助ける会の今後の事業戦略とNGO業界の動向について尋ねた。野際さんは、難民を助ける会のみならず、日本のNGO業界全体が組織基盤を強化する必要性を語った。日本のNGOの多くは、まだまだ多くの事業資金を国連や政府の助成金に頼らざるを得ず、欧米のNGOなどと比べて財政的な基盤が弱い。こうした状況を踏まえて、将来的には寄付収入のみで財政を賄えるようにし、かつ組織の基盤を強化し、資金規模を増加することで、より多くの受益者へ支援を届けたいと野際さんは語る。
支援の充実には優れた人材の確保も必須である。日本のNGOの多くが限られた人数のスタッフで業務を行っているため、新卒のような職務経験のない人々を研修する機会を提供することが難しい。そうした状況を踏まえて、民間企業で財政のプロとして経験を積んできた野際さんは、少なくとも2−3年の職務経験と専門性を持つことが、国際協力分野の人材には求められると言う。そうした経験を踏まえ、専門性を身に付けることが、キャリア構築で強みとなると野際さんは考える。同時に、「いずれはNGOが新人を育てていけるような受け入れ態勢を整えたい」と希望を語る。
また、国際開発に携わるには、組織の職員になることだけが全てではない。ボランティアやインターンとして、日常の生活の中に気軽に取り入れていくことも出来る。野際さんの勤める難民を助ける会は、100人を超えるボランティアの方々の存在が組織を支えていることも事実だ。学生、社会人、主婦など幅広い層の人々が、自分自身のライフスタイルと自由に組み合わせながら国際協力へ携わっている。国際協力を始めるきっかけは何でも良い。自分に出来る身近なことを一人一人が始めていくことが、市民社会の実現を可能にすると野際さんは信じる。
難民を助ける会の求人情報は、団体のウェブサイトやJICAのキャリア情報ウェブサイトPartnerで入手することが出来る。職員やインターンの求人に関する詳しい情報は、以下の問い合わせ窓口まで。
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